よさこい兵庫2003
2003年7月27日
この日は 関西京都今村組にとって その日を 待ちわびた日であった。
それは 昨年に 続き テレビドキュメントが 今年は 全国ネットで放送される日だ。
しかも チ-ムとして参加の明石で 行われた よさこい兵庫の日でもあったのである。

会場で 会ったメンバ-達
いつも通りの元気な演舞
しかし 思い返して見れば 心は 別のところにあり 浮き足だったものではなかったろうか・・・

それは その時には 私にも 分からなかった。
なぜなら 私自身も 一緒に過ごしてきた 札幌までの一年が放送されるテレビ放送に
心は 捕らわれていたいただろうからである。

昼間のスケジュ-ルは こなし 今村のメンバ-は 会場近くの施設で
件のテレビ放送を 生で見た。
内容は 昨年放送分のものも含め 今年の札幌までの今村組の歩みを実に感動的に描いていた。
見終わった後の 得意顔のメンバ-達
その顔を 見て ある人が言った。
『今村組は これからどうなっていくんだろう』
その言葉の意味を その時は 私には 理解出来なかった。

メイン会場では ファイナルステ-ジに進んだ12チ-ムの演舞が行われていた。
その様子は 地元テレビ局が 生中継していた。
ステ-ジの前で いつものようにカメラをかまえ その演舞を見ていた。
さっき見た今村組が 今 目の前で演舞している。
同じ時を 過ごし 今日の放送を一緒に見れたことには 感激している。
しかし 目の前で 舞われている彼らの演舞・・・・
なんか 違う・・・・
あの札幌の感激が さっき見た感動が 蘇ってこないのだ。
駅までの帰り道 Shogoに 今日の演舞どうだった と 聞かれた。
その時は 一言では その気持ちを表現することが出来ず
『よかったよ』言った。
翌日 その時の思いを 少し 整理した文章で出来そうだったので
Shogoに 次のようなメ-ルを送った。
今回 ファイナルで 楽空間と演舞と 連続して 見て 思ったことですが あの時の 今村組が 負けていた点があります。
それは 踊る楽しさを伝え 観客を包み込むあたたかさです。
全国放送のテレビを皆で 見て すぐの演舞 そんな状況で 天狗になるなというのが 困難なことだったのかもしれません。
私も 関係者近くの席で 撮影していたのですが 今村のシャツを着ていたのを見つけ
『おたくのチ-ムが やっぱり 一番でしょ 』と 言われ
『当然でしょ』 と いいかけて 口をつぐんだ自分がいました。
そんな驕りの気持ちが 皆の中にもあって あの時の演舞は 『これでどうだ』と『見せつける』方向に
少し振り子がふられた演舞となり 札幌では 迫力と感じたものが あの場では 威圧感と感じられました。
賞は取れましたが 感想は 『あそこまで やられたら 賞をやらんといかんのやけど・・・』というものだったと思います。
関係者の一人から 聞いた言葉は 『あそこは 指導者が 半ば プロだから・・・・』というものでした。
問題は ・・・に続く 思いです。
この後 どうしたらよいかは 私には 分かりません。
ただ ここに来て ちょっと道を はずしはじめているような気がして メ-ルしました。
夏の祭 連戦を 笑顔と満足感で 終われることを 祈ります。
この後 しばらく今村組は その時 感染した驕りというウィルスと
戦い続けることになろうとはその時は 思いもしなかった。
![]()