2002年バサラ祭
2002.8.31
鈴鹿の後 こいや祭 姫路よさこい と 毎週の祭連戦
その連戦の最後となったのが 今村組が 生まれた祭 バサラ祭だった。
また 大学受験を前にした高3生の休舞を前にした最後の祭参加の日でもあった。
テレビでの反響・札幌での上位入賞の評判を聞き この夏の今村組への注目度は凄いもがあった。

この日も 午後から参加のバサラ祭を前に 通天閣下で 行われたイベントにもゲスト出演
一日に 二つの会場掛け持ちするという人気ぶりだ。
この日の移動バスの中 イ-サンは 幹部メンバ-に問いかけた。
テレビで注目され 沢山の今村組に対する賛美の声を聞いた・札幌で ファイナルに残れなかったが 上位入賞出来た。
そんなことで 自分達に 謙虚な気持ちがなくなり 純粋に踊りを楽しむ気持ちがなくなってきたんじゃないか・・・・
幹部たちは その言葉の意味を 理解しようと必死だった。

奈良バサラ会場では 札幌での演舞を見て今村組の理解者となった札幌のダンサ-NORIさんも来てくれた。


パレ-ドの間中 幹部は考え続けていた。
自分達の休舞を前にした いらだちの気持ちから
『俺らの最後のパレ-ドなんやから・・・』とメンバ-を叱咤した。
メインステ-ジでの審査演舞の後 幹部メンバ-が輪になり話し合った。
審査からはずしてもらい賞を辞退しようと 言い出したらしい。
その話し合い輪の中で どういう話が 出たかは知らない。
イ-サンも 輪の中には加わらず 彼らの結論を待った。
彼らの出した結論は 素直な気持ちで 審査を受けよう・・・というものだった。
しかし 彼らの顔は それでよかったのかという迷いの気持ちでいっぱいだった。
関西京都今村組は この年のバサラ祭大賞を受賞した。
賞というご褒美を知らなかったチビ達は皆 涙を流して喜んだ。
幹部達も そんなチビ達の顔を見て喜んだ。
しかし それは 確信なき喜びであったように見えた。
心の中で 『自分達が 目指してたのは ここじゃない もっと別の場所・・』と 叫んでいるようにみえた。
YOSAKOI踊参恋IN SAKAI
2002.10.27

そんな 迷い道から 彼らを 救ってくれたのは NORIさんだった。
バサラに続き この日の前日 遠く札幌から かけつけ
2日にわたり 今村組の練習指導にあたった。
午前中 NORIさんの指導を受けた今村組のメンバ-の顔は 嬉々としていた。
まるで 初めて 自転車に乗れるようになった子供が 広場で 乗り回しているかのように
踊ることの喜びを 体いっぱいに表現しているように見えた。
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