バサラ祭2003
鈴鹿から はじまった夏の祭連戦
他にも 今村組へのオファ-のあったが そのラストに選んだのは バサラ祭だった。
4年前・・・今村組が まだ 生まれたばかりの頃から参加している祭
第2回を除き つねに大賞を取ってきた今村組は 今年は 賞取りにはエントリ-せず
ゲストチ-ムとしての参加である。

パレ-ドは 4時30分からで 3時30分には JR奈良駅前に集合
ゲストチ-ムでも ここのパレ-ドのハ-ドさは 変わらない。
厳しい夏の日差しの下 今年は 中休みを はさみ6回演舞するのだ。
しかし このパレ-ドには いつもドラマが 感じられ 楽しみにしている。
パレ-ドは 今村組が ラスト
例年に比べ 暑さも それほど 厳しくはない。
三条通りの沿道には 昨年よりまして たくさんの人で いっぱい。

沿道から 人の頭の間越しに パレ-ドの写真をとるのは 大変でした。
前半3回のパレ-ドが終わり このままでは いい写真は撮れないと思い
後半のパレ-ドを 先導する地方車の上に乗り 撮影することに。
先に乗っていた ビデオ撮影のTAAさんと おしゃべりしていると
三条通りを 一台の救急車が 走ってきた・・・
2人に 不吉な予感が・・・
救急車は 今村の子らが 休憩する建物に横付けされる。
そして 今村の赤ハッピを着た子が 運び出される。
2人 驚いて 地方車をおりてみると 6人の子が 熱中症になったという。


後で 直前に撮影した写真を見ると その子らの普段とは違う顔があった。
三条通り沿いの施設の中 倒れこむ子らと それを見守る 他のメンバ-達
祭の実行委も関係者も パレ-ドを続行するのは無理と考えていた。
そんな中 Shogoは 言った。
『三条通りには 今村を待っている人達がいる・・・残ったメンバ-で もう一度踊ろう』
今村のメンバ-は その言葉を 待っていたとばかり 彼の言葉に従った。
具合が悪くなったと 申し出たあるメンバ-が もう一度踊ると聞いて
必死の形相で 私も踊る・・と言い出す。
それを 関係者が止める姿を見て 実行委のメンバ-が そこまでして・・・と 絶句している。
今回の熱中症は彼女ら自身の健康管理の問題によるところが大きい。
今年の夏 この日より 熱い日 2日連続で 踊ったこともあったが 誰も倒れることはなかった。
幸いにして 皆 熱中症は 軽症ですんだ。
今回 彼女らは 踊りたくても踊れない悔しさを 知った。
2度と 彼女らは 同じ過ちを犯さないだろう。

イ-サンが 今村を待っていた沿道の人たちに 遅れてきた理由を説明
残ったメンバ-で 踊りますと 言うと 凄い拍手がおこった。
沿道の人たちのあったかい心につつまれ 実に感動的な演舞だった。

演舞の後 座り込むメンバ-を うちわで 風を送ってくれる妊婦さんがいた。
パレ-ドの後 メイン会場ヘ移動するのを追いかけ ペットボトルを差し入れしてくれたおばさんがいた。
このパレ-ドを見た どりさん という方から 翌日 今村の掲示板に こんな書き込みがあった。
昨日三条通りで感動をわけていただきました。
あぁこれが噂の「今村組」の踊りなのねって。
トラブルの説明や皆さんの気持ちも生の声で聞けて誠意を感じました。
待っていてよかった!という思いが今日も残っています。
一緒に連れていった子供も「頑張る」という事を目の前で見せることができました。
ありがとうございました。
件の彼女らは 暑さで ダウンしたが
残ったメンバ-は 観客のあったかい心で 生き返った。
それから
おの恋まつりで 書いた 明日香のこと
一年の時を経て この三条通りに 去年よりひとまわり 大きくなって 戻ってきました。

バサラ祭画像集
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